12月27日(金)
今年もあと僅かです。
昔と違って、クリスマスも暮れも季節感がなくなりました。
今年になって数々の方が引退しました。
スポーツ・芸能・政治・その他・・・
引き際が大切と思うが体力の限界を自分で判断する事は難しい。
レフリーストップやタオルを入れて止めてしまえば諦めも付くが、限界を決めることは勇気が必要だ。
サラリーマンには定年という引き際がが有るが、自営だと何時が定年か?
病気や怪我で働けなくなれば、引き際かも知れないが、元気でいると、働けるまでが定年かも知れない。
私も、一週間後には七一歳になる。
確実に、体力&気力は衰えている。
だからと言って、ピリオドを打ったら、益々老化現象が進んでしまう。
この儘、来年も頑張り続けよう・・・・・。
★今年の主な引退者
フィギュアスケート男子の織田信成(26)=関大大学院=が24日、さいたま市内で行われたエキシビションで、「今日をもって現役生活を退く決意をしました」と引退を表明した。
元世界女王の安藤美姫(26=新横浜プリンスク)が現役引退を表明した。ショートプログラム(SP)5位からフリーは106・25点の9位に終わり、合計171・12点で7位。ソチ五輪出場の最低条件だった表彰台を逃した。
試合後「選手としては最高ではないが、良い終わり方ができました。
今後は指導者を目指したい」と述べた
今季、他の選手に先立って『引退』の2文字を口にしたのは、中日、東北楽天などで活躍した山崎武司だった。96年に松井秀喜らを抑え本塁打王を獲得した山崎は、その後もホームランバッターとして活躍。03年にはオリックス、05年には東北楽天へと移籍し、一時は長打力が陰をひそめるも、07年に野村克也監督のもと復活を果たし39歳の年にして自身2度目の本塁打王を獲得した。昨季より古巣・中日へと復帰し、今年7月に引退を表明。プロ生活27年。豪快なフルスイングは、見るものを魅了した。
長らく東京ヤクルトの顔として活躍を続けてきた宮本慎也も今年でバットを置く。大学、社会人を経てプロ入りした宮本は、粘り強い打撃と、球界屈指の高い守備能力で、ヤクルトの黄金時代を支えた。04年、08年にはオリンピックで日本のキャプテンにも就任するなど、球界の中心選手に。昨季はかつての同僚・古田敦也以来、史上2人目となる、大学・社会人を経ての2000本安打を達成。攻守に巧さの光るまさに“職人”と呼ぶにふさわしい選手だった。
桧山、前田智――惜しまれつつ去る『神様』
阪神の一筋22年の現役生活に終止符を打つのが、背番号24・桧山進次郎。平安高、東洋大を経て91年ドラフト4位で阪神入り。決して身体は大きくなかったが、パンチ力ある打撃で外野の一角を勝ち取ると、虎の4番としても活躍した。06年以降は『代打の神様』の愛称で親しまれ、勝負強さを発揮。阪神が低迷していた時期を知る数少ない現役選手の一人だった。引退について「正直ホッとしている」と答えた44歳。積み重ねてきた代打本塁打14は、球団記録だった。
もう一人の『神様』は広島の背番号1・前田智徳だ。熊本工高からプロ入りし、広島一筋で実に24年の現役生活を過ごし、今秋に引退を表明。卓越した野球センスから『天才』と称され、打席で独特のオーラを放つ様から、球団ファンの垣根を越えて、支持を得てきた。
有馬記念(22日、中山)がラストランとなるオルフェーヴルの引退式が、当日の最終レース終了後に行われることが決まった。
同馬は、11月21日に放牧先から帰厩し、28日には坂路で57秒9―13秒2をマーク。5日に2週前追い切りを行うことになっている。「坂路を単走で追う予定です。順調ですよ」と池江調教師。悔いのない仕上げで、最後の戦いに送り出すつもりだ。
※同馬は12月23日(祝・月)付けで競走馬登録を抹消しました。
立会川・大森海岸・平和島
大井町・大森
不動産情報は
立会川駅前
株式会社相幸
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